基本的な事だけど、なかなか気づかない事。

ご訪問、ありがとうございます。

『令和時代』始まりましたね!

不思議な事に元号が違うとなんとなく世間の空気感すら違ってくる気がしますが、皆さんはどう思われますか?

人生折り返しの曲がり角な私にとって、令和時代はさらにノビノビと自己表現していけたらと思います。どうぞ、今後も応援よろしくお願いします!

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さて。元号変更に伴っての『終わり』と『始まり』があると、なんとなく『振り返って』しまいませんか?

先日、ふと実母のことを考えていて…「産んでくれてありがとう」な気持ちになりました。

…お恥ずかしいながら、しみじみそう思ったのは初めてなんですね。

この『産んでくれてありがとう』は、たまに小学生の子が言っていたりしますけど…(二分の一成人式とかで)

ホントにそう思ってる?とうがった目で見てしまうんですよねー(汗)

しかし、とうとう?ようやく?精神年齢が大人になったのか…私にもそう思うことが出来て、正直自分でもビックリしました~。

こういう感覚になると、そう思うのか、と。

何故そう感じたのか?と振り返って分析(自分なりのですが)したところ。

自己受容・自己肯定感を感じていたからと判明。

今の自分の状況が、自分にとって居心地の良い部分が多めで、気に入らない部分もあるけどそんなもんだし、ソレを嫌だと思う自分がいるんだということもわかってるし…。

以前の自分と、今の自分を比べてみた時に「なんか別人のような感じ」もあるくらい…自分でいることに対して、

これでいいんだ。コレが私なんだから

と、素直に思うことが出来るようになったんです。(そう思える回数が増えた、というのが正しいかな?)

そういう心理面での安定があってからの、『産んでくれてありがとう』でした。

今、この世に自分がいるためには3次元的な体が必要で。

その体を手にするには、父と母が必要で。

母が『産む』と選択したから、育児をしたから、途中で死ぬことなくここまでこれたってことなので…。

その『私』という存在の最初のキッカケを作ってくれたことへの感謝でした。

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私は、ずっと自己否定感の強い人です。

多分、今だって何かあると、あっという間に『私なんてダメな奴だ』と簡単に思っちゃうと予想できます(笑)

そんな私ですが、自己受容に取り組んできて思うのは…。

否定感の強い時って、その部分ばかり見ているんですよね。

その自分を否定するための材料になる部分を見ているというか。

自分でダメだと思ってる部分ばかりを見ていたら…そりゃ、「あーもー(怒・泣・情けなっ)」ってなりますよ。

そして、『そういうことをしている自分』に気付いてないんですよね。たいていは。

まさに宇宙の法則のひとつである、『見つめるものが拡大する』をやっているわけ。

なので。自己受容を高めたいのなら、まずは意識的に『自分を受容する・肯定する』ということをしていかないと、なかなかできないわけです。

そのステップの取り掛かりとして、まずは自分の現状を受け入れていく…ということになると思いますよ。

     

それと、もうひとつ想うことがあるんですが。

自己否定も肯定も、結局のところはそう感じる回数とか、割合で印象が変わるんじゃないかなーと思わなくもない…。

ま、人生を生きやすくするなら、肯定感高い方が楽しいよね♪

というお気楽思考…(笑)。

そんなノリでどうですか。

   

   

では、では。GWも後半。

素敵な時間をお過ごしくださいね~。

     

お読みくださり、ありがとうございます。

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